人の心は、そんなに処理能力があるものではありません。勉強や経験により平均以上に物事をこなす力はついても限界があります。それよりも、誰もが容易にこなせることが大切であり、優劣なく人を幸せに導ける学びが必要になります。
それについては学校の先生では教えれないものがあり、自身の心は自身でないと分からないとなれば自身の心から学ぶことを身につけなければならなくなります。
今までお話した心の話からも察するように人の心は、幸せか不幸せかを感じることに長(た)けております。その他は、経験・知識・体力で個人差はあるかも知れませんが、それらも結果、幸せになるために身につけたことになります。
人は常々、次は「どうするか」を考えております。それは幸せになるためのどうするかであり、目の前で起きていることから「逃げる」ことのどうするかではないのです。
この場合は、感情に振り回され「心にそうさせられている」ことが殆どではないでしょうか。その証に、それら結果には幸せが伴わないことにあります。
話を戻します。実は「どうするか」は2つしかないのです。それは、不幸せなら「ストップ」、幸せなら「ゴー」となるはずです。不幸せなら単に立ち止まるではなく、次に進むべきことを見極める心の余裕を感じることが大切というころです。
幸せなら進む不幸せなら止まる。その止まる勇気を持てる心をつくることを自分達は知り・経験することを学ぶべきなんです。
心の余裕については、またの機会にお話することにして、次回は「心は感じ知るもの」を話すこととします。